私たちの日常生活に密接に関わるインクルーシブデザイン。しかし、その意味や具体的な事例について詳しく知る機会は意外と少ないかもしれません。この記事では、インクルーシブデザインの基本からその重要性、具体的な事例までをわかりやすく解説します。多様なニーズに応えるデザインの考え方が、どのように社会全体の利便性を高めているのかを紐解いていきましょう。
インクルーシブデザインとは?
「すべての人が使いやすい」という理念のもと、多様なユーザーのニーズに対応するデザイン手法、それがインクルーシブデザインです。では具体的に、どういう意味があるのか、インクルーシブデザインが生まれた背景など見ていきましょう。
インクルーシブデザインとはどういう意味?
インクルーシブデザインとは、文字通り「包括的なデザイン」を意味し、すべての人が利用しやすい製品やサービスを設計するというアプローチです。これは、特定のユーザーグループだけでなく、あらゆる年齢、性別、能力の人々が使いやすいことを目指します。例えば、年配の方から小さな子供、身体に障害を持つ人々まで、誰もが使いやすい公共施設の設計などがこの考え方に基づいています。
インクルーシブデザインでは特定のユーザーを対象とするのではなく、多様な個人のニーズを包括的に考慮するものです。
インクルーシブデザインの歴史
インクルーシブデザインの考え方は、20世紀後半に障害者の権利保護や社会参加の推進とともに発展していった背景があります。当初は主に障害を持つ人の物理的なアクセスを改善するための「バリアフリー」設計が中心でした。これは、公共の場所や建物で障害者が直面する障壁を取り除き、彼らが社会参加をしやすくするためのものです。しかし、バリアフリー設計の範囲は比較的狭く、主に物理的な障壁に焦点を当てていました。
1970年代から1980年代にかけて、障害のあるなしに関わらず、すべての人が等しく利用しやすいデザインを目指す「ユニバーサルデザイン」として進化しました。バリアフリーの概念をさらに拡張した形です。ユニバーサルデザインは、年齢、能力、性別など、ユーザーの多様性を広く受け入れることを目標としました。
21世紀に入ると、テクノロジーの進展と共に、インクルーシブデザインの概念がより広範に認識されるようになりました。デジタル製品やサービスの設計においても、すべてのユーザーがアクセスしやすいインターフェースや機能が求められるようになったのです。また、この時期から、文化的な多様性や社会的なインクルージョンもデザインの重要な要素として取り入れられるようになりました。
インクルーシブデザインが大切な理由
現在では、インクルーシブデザインは多くの分野で採用され、製品やサービスだけでなく、教育や政策立案においても重要な役割を果たしています。これにより、全ての人が社会の一員として平等に扱われ、自分の能力を最大限に発揮できるような環境が整っています。
インクルーシブデザインを採用することで、製品やサービスがより広範な顧客に受け入れられ、使用される機会が増えます。それにより、企業の市場拡大やブランドの価値向上にもつながります。また、社会全体の包括性が促進され、誰もが平等にアクセスできる環境が整うことで、社会の持続可能な発展に寄与しています。
似たデザインとの違い
インクルーシブデザインは似たようなデザインコンセプトと混同されることがあります。主に比較されるのはユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、バリアフリーです。それぞれのデザインアプローチの違いを解説します。
ユニバーサルデザインとの違い
ユニバーサルデザインは、インクルーシブデザインとよく似ていますが、こちらは「全員が等しく使いやすい」を目標としています。対してインクルーシブデザインは、使用者の多様性や個々の違いを認識し、それに対応するデザインを行う点が異なります。
アクセシビリティとの違い
アクセシビリティは、特に障害を持つ人々が利用しやすくするための技術やデザインに焦点を当てています。インクルーシブデザインはこの概念を含みつつも、より広範囲のユーザーが使いやすい環境を提供することを目指しています。
バリアフリーとの違い
バリアフリーは主に物理的な障壁を取り除くことに重点を置いていますが、インクルーシブデザインは物理的な障壁だけでなく、社会的、文化的障壁も取り除くことを目指しています。
インクルーシブデザイン成功のポイント
インクルーシブデザインが成功するためには、利用者の多様性を広く理解し、そのニーズに応じた設計を行うことが含まれます。ここでは、インクルーシブデザインを成功させるための主要なポイントを詳細に説明します。
除外の対象の把握
インクルーシブデザインを進めるにあたって最初に行うべきなのは、どのユーザーグループが従来のデザインプロセスで除外されがちかを明確に把握することです。これには、障害を持つ人々、高齢者、異なる文化的背景を持つ人々など、多様な利用者の特性を考慮に入れることが含まれます。除外されがちなグループを特定することで、彼らのニーズに対して具体的かつ効果的なソリューションをデザインに組み込むことができます。
多様な人を想定したデザイン
さまざまな身体能力、年齢、文化背景を持つユーザーのニーズを予測し、それをデザインに取り入れることが重要です。
インクルーシブデザインは、異なる利用者の視点を積極的に取り入れることで、より広範囲のニーズに対応する製品やサービスを提供できます。デザインプロセスにおいては、さまざまな身体能力、年齢、文化背景を持つユーザーのニーズを予測し、それをデザインに取り入れることが重要です。例えば、ユーザビリティテストを行う際には、様々な背景を持つ人々を対象にし、彼らの意見や体験を製品に反映させるべきです。
利用方法を限定しない
一つの製品やサービスに複数の使用方法やアクセス方法を提供することで、ユーザーが自身のニーズに合わせて最適な方法を選べるようにすることも、インクルーシブデザインの成功には欠かせません。例えば、電子機器にはタッチ操作だけでなく、音声コマンドやジェスチャー操作を可能にすることで、利用者の選択肢を広げることができます。これにより、利用者一人一人が自分にとって最も快適な操作方法を選択でき、より使いやすい製品になります。
インクルーシブデザインの身の回りの例
インクルーシブデザインは私たちの日常生活のさまざまな面で見ることができ、多様なニーズに応じた製品やサービスが具体的な形で実現されています。具体的にどのようなものがインクルーシブデザインなのか、紹介していきます。
事例1「オフィスチェア」
オフィスチェアのデザインでは、身体の大小やさまざまな姿勢に対応できるよう、高さ調整機能、背もたれの角度調整、そして座面の深さを調整できる機能が取り入れられています。これにより、長時間のデスクワークでも各ユーザーが最適な姿勢を保てるようサポートされています。
事例2「スマートフォン」
現代のスマートフォンは、視覚障害者や聴覚障害者も利用しやすいように、テキストを音声で読み上げる機能や、振動や視覚的な通知を利用したアラートシステムを搭載しています。さらに、大きな文字表示や高コントラストモードなど、使いやすさを考慮した設定が可能です。
事例3「公共交通機関」
バスや電車の座席は、高齢者、妊婦、障害を持つ人々がアクセスしやすいように優先座席が設けられています。また、車両入口には段差がないか、低床であることが多く、車椅子での乗降が容易になっています。情報案内板は、視覚障害者も利用しやすいように点字や音声案内が整備されています。
事例4「ビデオゲーム」
ビデオゲームの分野では、さまざまな障害を持つプレイヤーも楽しめるよう、カスタマイズ可能なコントロール設定、色覚異常者向けのカラースキーム、字幕やクローズドキャプションが提供されています。これにより、多くの人が同じゲームを異なる方法で楽しむことが可能になっています。
事例5「教育ツール」
教育の場でもインクルーシブデザインが活用されており、学びのスタイルや能力に合わせてアクセスできる教材が提供されています。例えば、オンライン学習プラットフォームでは、ビデオコンテンツに字幕をつける、インタラクティブな活動を通じてさまざまな学習スタイルをサポートするなどの工夫がされています。
まとめ
インクルーシブデザインは、単に製品やサービスを改良するだけでなく、社会全体の包括性を促進する重要なデザイン哲学です。このアプローチにより、すべての人々が等しく参加しやすい社会が実現可能になります。今後も、さらに多くの事例を通じて、インクルーシブデザインの理念が広がっていくことが期待されます。